アメリカ人と映画を観に行く

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アメリカ人と『風立ちぬ』を観に行く

週末に友人たちと共に、映画を観に行きました。

作品は、日本でも大ヒットだったという

『風立ちぬ』(英語タイトル:”Wind Rises”)。

零式艦上戦闘機等の戦闘機を設計した堀越二郎が主人公のこの映画。

日本人漫画家が描いた戦中の話を、「アメリカ人と一緒に観に行く」ことすら、

年月が経った証拠とでも言うのでしょうか、なんとも不思議な気がしました。

映画が終わって・・・

映画の中盤、ふと友人たちを見ると、真剣に映画に見入っている様子。

日本人がじ~っと見る感じとは違い、

1シーン、1シーン目に焼き付けるような感じで見ているんです。

そして、映画が終わった瞬間、

まだ作品の余韻に浸る私の横で

“How did you like it?(作品についてどう思った?)”

とお互いに尋ね合っています。

そして、その質問が私にも降り掛かってきました。

作品についてどう思ったって、終わった瞬間聞かれても・・・。

まだ色々まとまらんわー!!!

で、苦し紛れに絞り出したのが、

「最後のシーンのテンポは早過ぎたと思うなぁ。もうちょっと見てる方に全体を振り返れるようなテンポが欲しかった」

超ざっくりした感想を述べてみました。

アメリカ人友人たちの感想

そんな私のざっくり意見も、一つの意見として

「なるほどね」

と捉えてくれた彼らは、更に自分たちの議論でヒートアップ

「あのシーンの絵の描き方や、音響は、とてもリアルで、自分がその場にいるような臨場感があった」

「主人公と恋人との最後の持って行き方は、あまりにも主人公がワガママ過ぎる!ありえない!」

「主人公は映画の中でもっと零戦を作ることに苦悩を示すべきだった。飛行機設計のロマンが全面に出過ぎている」

「こんなに主人公の立場があまりにもハッキリしていないなら、海外に戦争是正の映画と取られても仕方ない」

などなど、

私が日本人の友達と映画を観に行っても、ここまで議論しないよ・・・というくらい、盛り上がっています。

また、その後一緒に夕飯を食べに行った訳ですが、

食べながらもまだ『風立ちぬ』の話が続いている訳です。

とにかく意見が活発

そこで、事前に宮崎駿監督のインタビュー記事を読んでいた私が、

「零戦を描くことは、あの戦争を是正していることにならないか、というのが宮崎駿も一番苦労したところらしいよ。

でも、当時を必死で生きようと生きた一人の人間として、主人公を描きたかったみたいよ」

と、相次ぐ批判に対し、誰の味方でもないはずの私が監督の代弁までしてしまいました。

すると、返って来た答えは、

「でもさ、原爆を作ったアインシュタインが題材になったアニメ映画が出来たとして

その全体のストーリーがこの『風立ちぬ』っぽい、フワッとした曖昧なものだったら

どう思う?」

と、鋭い突っ込みが。

え!?宮崎駿監督の映画が、こんな仮定話にまで広がる!?

アニメ映画を観て、ここまで政治や歴史、アートの視点から映画を評価し、熱く語れるアメリカ人。

「旅行どうだった?」

「この本どうだった?」

と聞かれても

「面白かった」

「良かった」

「楽しかった」

くらいで片付けてしまう日本人とはホント大違いです。

映画一本でここまで語るアメリカ人を見ると、

「日本人は意見がない」と彼らに見られても仕方ないか・・・と思えてしまいます。

でも、逆に言えば、これだけ意見を言うことには自由なアメリカ人。

ちょっと自分でも変かな?と思うような意見でも

とりあえず言っておくと、それはそれで受け止めてもくれるもの。

アメリカ人の「どう思った?」には

なるべく長く詳しく色々言った方が会話に乗れる気がします。

気に留めておいてみてください!